間違ってるかもしれない

数日前のこと。朝の三鷹台駅の踏み切りの前は自転車や車がどんどん集まっていました。朝は電車数が多いため、踏み切りがなかなか上がりません。小学生やママチャリ、バンの重複。そこで暑い日差しの下、ある女性は一人、紙から文書を読みあげ、マイクでオスプレイについて何かを声高に叫んでいました。なぜ許せないのか、なぜアメリカ軍はだとか。自転車と人はますます増えていくけれど、だれも気に留めません。いや、むしろ目線を避けていました。女性は、一人で紙を読み続けました。孤独ってこういうことだなと思いました。女性を見ながら、タミール広場とか、北京のデモの映像が頭のなかで浮かび上がりました。しょうがない。やっぱり比較者だから。これは比べるもんじゃないと言われても、僕は比べます。そして結局、日本に生まれて良かったと思うしかないです。日本に生まれてもいないのに。 A lejtőn lefelé mindenki be akar előzni a biciklivel, hogy átverekedje magát a nyitott sorompón, ami ilyenkor reggel nagyon … More

new year

policemen in white moon suits delve in a wasteland of debris in a neighborhood village of the agonizing nuclear plants … More